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住み分け①
演歌の女王 って日テレでやっているが 長男が嵌って よく見る。大河内ひまわり(天海祐希)さんが 日本一不幸な演歌歌手で やることなすこと 上手くいかない。持ち歌「女の分かれ道」に ちなんで いつも 人生の分かれ道がでてくるが 悪い方へ不幸な方へ そっち行ったら駄目でしょうの方へ 進んでいく。

 今までは 妄想の中で 自分を踏みつけ傷つける人たちにキレていたのだが、ここ2回ほど 実際にキレて暴れている。ああ 自分だ。(天海祐希様には スタイルもルックスもオーラもとうてい 足元にも及びませんが、比べてるだけでも失礼ですね orz)

信仰、組織を信じられないままに創価に関わっていると 傷つく。両親が パートナーが 友人が 過去の自分も うかれ 不幸な方へ悪い方へ行くのを 見せつけられる。醒めている自分が 悪いのか? 一緒に夢を見られない自分が悪いのか?

夢破れ 傷つき もがき やっと呪縛から解放された人たちも多いだろう。まだ 心の中には なまなましい傷を持っているだろう、そこを抑えながら さすりながら 生きている。そんなところに、「創価学会もいい人はいるよ」「きちんと信仰している人を見なさい」なんて やられると キレる。血が噴き出す、毒が溢れる。それは分かっているのだ、それが出来ない自分を責めてしまう。自分が悪いように、心が狭いように、罪悪感を煽られる。自分の領域でやっている分には まだ良い。ただ 他のサイトにまで進出して 「正義を」言われると「何じゃこら~」になるだろう。

分からないのだろうか? 分かりたくもないのか?

たっぷりの時間も 傷ついたことを訴える場所も 黙って聞いてくれる人も 必要なのだ。もちろん信者さんにも、だが 「脱会者 あるいは 創価学会の欺瞞に気づいた人」の為のサイトは あまりにも少ない。そこに 「正義・正論」を持ち込まないで欲しい。ケアが必要と感じる人には 自分が信用しているケアサイトに 誘導するくらいの心配りをして欲しい。「住み分け」とは そう言ったことだ。
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【2007/02/26 22:20】 | 体験記 | トラックバック(0) | コメント(16)
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コメント
信仰、組織を信じられないままに創価に関わっていると 傷つく

たしかにそのとおりだと思います。

勝手だと思いますがコメント残さしてもらいますね。
【2007/02/28 10:10】 URL | とおりすがりのもの #-[ 編集]
freeさん、こんにちは。

すみわけ、そして正論を出すこと・・・私も人にアドバイスをしているので良く悩みます。言っていることは正論なのか?それによって相手を傷つけてはないか?と。
私自身、学会の正論にはほとほと嫌気が差しているので、自分の口からは出ることはありませんが(だと思います)、相手がどのように感じているのか、いつも気を配ることは、たとえ私のような相談がらみではなくても、絶対にしなければいけない世の中の常識だと思います。その点学会員さんは相手を気遣うというところでは麻痺しまくっていると思います。私のところにもいまだに「活動しないとお父さんとお母さんがかわいそうよ」みたいなことを言ってくる人がいます。もううちのことなんだからほっといてくれって感じです。
【2007/03/05 12:02】 URL | ありさ #-[ 編集]
通りすがりさん

全然 勝手ではありませんよ。また 気が向かれたら 色々コメントされてくださいね。

ありささん

今は ホントに薔薇色の時期ではありませんか? くれぐれもご無理されませんように。

みなさん、よかれと思ってやっていらっしゃるのです。「よかれ」を 理解しない私が 心が狭いと思っていらっしゃるのでしょうね。ため息。

時に 綺麗な言葉も平和 共存 争いを倦む雰囲気も 棘となって 人の気持ちを傷つけるという ちょっとした 配慮の事を言っているのです。そういったことを 少しずつ 解っていただく努力をしなくてはならないでしょう。

ありささん コメントしていただいて 本当に感謝致します。清浄な新鮮な 空気に触れた気が致します。
【2007/03/05 23:34】 URL | free #-[ 編集]
ご無沙汰しております。創価には悪い人がいるし、信仰心を利用し金儲けする人がいる。他人の自由を奪い取る人がいて、それがその人の幸せとウソブク人がいる。

そしてそれは組織としての体質の問題ですよ。

である以上、心の狭い僕はおいそれとは、共生は薦めない。ガチンコで実社会で立場が優位で無い以上、共生は難しい。そう考えます。

心が狭くて上等、傷ついた人の話し相手してゆきます。ちと入院してご心配おかけしましたが、まだまだ頑張りますよ。では。。
【2007/03/06 12:25】 URL | できたよ #-[ 編集]
freeさん

こんばんはv-221
創価問題から大分離れスローペースになってきて、それはそれで毎日が楽しい日々を送っております。

住み分けは必要であると思います。
もちろんそれはブログ主の考えや方針があるので絶対に学会員と非学会員に分けて差別化するものではない。

学会問題に関わり安心して相談できる場所が必要なだけで、悩みや相談したいことがある段階である人は、安全なブログに辿り着くのが望ましいと思います。
学会の人と関われるようになるまでには、
時間もかかるであろうし、中には永遠に創価学会には関わりたくないというアレルギーの或る人だっているのですから。

そういう私も、学会も学会員もこの世から無くなって欲しい。
学会員は皆同じで卑怯な嘘つきばかりだと思っていました。
そうではないと思えるようになったのには、1年経過して盲信学会員ではない人のコメントを読んでからです。

もちろん信仰は自由です。
自分が信じたいものを信じていけば良いと私も当然思います。

そこまで学会員と信仰を否定しているんじゃないのですが、他人にその信仰を押し付けるのがどんなに苦痛であるのかを考えられるようになっていなければ、私達が何を言っても平行線なようですね。
【2007/03/06 21:21】 URL | りょう #-[ 編集]
できたよさん

放棄宣言 できたよさんがいらっしゃると また 活気づきますね。ですが、くれぐれも ご無理されないようにしてください。

疲れたら 堂々と休んでくださいね。

創価学会が政界や財界・官僚・司法などに 影響力が無く、過去の行いを「反省」し 一宗教団体として 信仰の道を歩み、社会への迷惑行為が無くなれば「共生」は出来るのですよね。

実際の被害を訴える人の声を「偏見」「心が狭い」などの すり替えで 抑え込んではいけないと思います。

りょうさん

楽しい日々を送られていらっしゃること 本当に良かったですね。

創価学会の方で 「相手の気持ち(アンチだと言うことも含め)を尊重する」方には 互いに敬意を持って 接することが出来ますよね。

「安心して相談できる場所」そうなのです。そう言う場所が 少ないですね。

放棄宣言 に 「頑張れ~」と紹介して下さって ありがとうございました。嬉しかったですよ。
【2007/03/07 22:17】 URL | free #-[ 編集]
ちょっとネットはお休み中でしたけど、一個だけ。(^^;

実際に「共存する」のは、別に良いんですよ。
というか、私もそれを目指してますし、良い事だと思います。
けど、「共存する、共存を生み出す」事と、
「共存を訴える、共存を大義名分にする」事は、ちょっと違うんですね。

ウチのサイトは、外部アンチで念仏者の私と、学会員で日蓮仏法の信仰篤いゆっちさんが、協力して管理してます。
お客さんには、私のような外部のアンチもいれば、二世三世さんの脱会者・脱会希望者の方もいる。
日蓮なんて大嫌いな方もいれば、日蓮を大切に考えてる人、日蓮仏法を実践なさってる方もいる。
無宗教の人もいれば、信仰者もいる訳です。

私は、ことさら「共存してください!」とは言いませんけれど、ちゃんと一つのサイトに、それなりに共存してますでしょう?

そういう場所は、ウチだけではないと思います。
けど、自然に共存してる場所は、あんまり言葉で「共存しろ」とは言わないんじゃないでしょうか?
思うんですが、「共存を訴えてる方」の場所は、言うほど異なる立場の人達が共存してるんでしょうか?

現実に共存を生み出すのは、立場の違う方同士の、そのお心をすくいあげる地道な努力です。
私や誰かがお説教して、共存させるんじゃありません。
立場の違う相手について、本人が自発的に心から納得出来る事が、真の共存だと思います。
そのための、ちょっとしたお手伝いくらいしか、周りには出来ません。

そして、そのためには時に存分に感情を吐き出せる場所も、プロセスとして必要です。
住み分けとは、そうした事に必要なサイトの役割分担でもあると思います。

例えば、放棄宣言ほどに存分に「学会の悪口」を言う事は、ウチでは難しいと思います。
その代わり、完全にアンチとも学会員とも割り切れない部分の気持ちや、時にアンチ側の問題点について、
また脱会を迷う事についてなどの、別な意味での本音の受け皿になってきました。
【2007/03/08 04:23】 URL | 春田の蛙 #pIcdM1bQ[ 編集]
同じ人間であっても、時期や段階によって気持ちは変化し、その都度別な悩みを抱えるものでしょう。
そしてある本音を受け入れれば、別な本音は話しづらい場所になってしまうのが自然です。

だからこそ異なるサイトがある訳で、今後はこうした役割の違うサイト・ブログ管理者同士の、
互いのサイトの役割と自サイトとの違いを認めた上での、「住み分け」と「協力」を考えていけたら理想じゃないかと思います。

ホントの「共存」って、そういう事ではないかと、私はずっと考えていました。

共存・共生を訴えられるのが「ウザい」のは、そうした地道で時間のかかる、
真の共存には必要なプロセスを、すっとばしてるからじゃないかと思います。
つまり、「気持ちを無視した理想」を押し付けられるから、反発を感じるんじゃないでしょうか。

それは現実無視の「血の通わない冷たい理想」だとも思います。
何故なら、そんな「当然の感情的な反発」に対し、被害者の目線で考えよう、理解しようとはしませんでしょう?

それは、結局は共存という美名に反して、誰かを悪役に仕立てるだけの、うすら寒い連帯でしかないと私は思います。
被害者の気持ちを無視した内容の共存や共生を訴える事で、感情的な反発を招くのは、本当の共存にはむしろ邪魔にしかなりません。

口で共存・共生を言うなら、その前に、是非とも共存を現実に生み出すための、地道なプロセスの手伝いをなさって頂きたいとも思いますね。
たぶん、言葉で綺麗な事を言う人ほど、そのために自分の手は汚さないんじゃないかと思いますよ。
結局、ネットで他人の評価が欲しいだけだと思いますもん。(笑)
【2007/03/08 04:27】 URL | 春田の蛙 #pIcdM1bQ[ 編集]
思わず横レスを。春田の蛙さんのコメントは解りやすいですね。

「違いを認めるという事が大切です。」

とやられると、それだけでは無いと考えますよ。平等をともなわない平等だと、やはり優位側の理想を押し付けられると考えてしまいますね。

それを認めない人が心が狭いとなるのは?いやですね。

違いを認め合い・同化を求められない・力関係も平等・・・

「住み分け」と「協力」を考え呼びかけます。
【2007/03/08 16:11】 URL | できたよ #-[ 編集]
おお、できたよさん。
レスありがとうございます。
お身体は大丈夫ですか?
退院されたばかりなのですから、どうぞご無理はなさらないで下さいね。

>「違いを認めるという事が大切です」

あー…そう言われるなら、是非
「出来れば学会がこの世から消えて欲しい」
「そもそも日蓮なんて竜の口で殺しとけば良かったのに」
という考え方の『違い』を認めて頂きましょうw
それを認めて頂けるなら、『あなたがそう考えない』事は、私も認めますよと。(^-^)

ちなみに、私は現在↑このようには考えていませんが、かつては考えていました。
自分の考えが変わったからと、他者にそれを強いるつもりはありません。
また、好き嫌いは全くの個人の自由であり、むしろ大切な個性だと思います。
もちろん、変わる事もまた自由なのですが。

私は、プロセスや変化の段階を重視致しますが、それはある段階に居る人間が、別の段階の人間より『偉い』訳ではありません。
この界隈では、時々そのような『競争』が見られるのが、問題をややこしくしていると思います。

つまり、どちらがより『マインドコントロールから離れているか』というような競争ですね。
また、『怒り』を抱えている人を、自分はもうその段階を乗り越えたと言わんばかりに『お説教』するような事です。

これは、人間の残酷さでもあり、非常に悪趣味な振る舞いです。
別な視点から見れば、こういう傾向こそ、人間を「可哀想な側」と「救ってあげる役割のエリート」に分けて考える、カルトの考え方の残滓とも言えます。
ある意味では人間の、あまり見たくない本質であり、そのような傾向を作り出したり付け入るのが、マインドコントロールの一端とも言えますね。

私がよく用いる喩えですが、『人間はいつか失恋の痛みから立ち直る』というのは、なるほど一般論として妥当でしょう。
しかし、「いつか立ち直るんだから、いますぐ立ち直れ」というのは単なる無茶ですよ。

こういう、「普通の問題」に対する「当たり前の気遣いや常識」は、カルトの問題にも有益な場合が多いと思います。

>「住み分け」と「協力」を考え呼びかけます。

できたよさんにご理解を頂けると、何より心強いです。ありがとうございます。
少しずつ、お互い思った事を話しながら、無理せず進めていきましょうね。
【2007/03/10 08:26】 URL | 春田の蛙 #pIcdM1bQ[ 編集]
ありささんの、お隣さんリンク大作戦↓に頷きます。

http://onesentence.seesaa.net/article/35479687.html

サイトからリンクすることによりとんでもない非常識な盲信さんが訪れる危険性があります。
   (申し訳ない 上記↑ありささんの言葉引用 )

悩んでそのサイトにいったらば、貼られたリンク先に行ってみると あら? っていうことが見受けられます。

ありささんのこういったリンク大作戦、大事な住み分けですね。
【2007/03/10 22:24】 URL | りょう #-[ 編集]
春田の蛙さん できたよさん りょうさん
コメントありがとうございました。

蛙さん
>『怒り』を抱えている人を、自分はもうその段階を乗り越えたと言わんばかりに『お説教』するような事です。
>私がよく用いる喩えですが、『人間はいつか失恋の痛みから立ち直る』というのは、なるほど一般論として妥当でしょう。
しかし、「いつか立ち直るんだから、いますぐ立ち直れ」というのは単なる無茶ですよ。

人それぞれ 抱えているモノが違います。
http://blog.livedoor.jp/how_to_go/archives/50521568.html
私は創価学会員でした

今でも 2chでは よくURLが貼られていますね。先日googleで創価学会と調べたら 停止されたblogにかかわらず上位で ヒットしました。

mocoさんとは 当時少しだけ交流があったのです。

私は 彼女に「創価学会を許せ」とは言えません。一生「怒り」を抱えるだろうと 思います。
そんなひとに そっと寄り添うような気持ち、そんな場所を提供することって 大事だと思います。

りょうさん 情報ありがとうございました。^^

できたよさん お忙しいご様子、でも放棄宣言には 強力なサポーターもいらっしゃるようですので 甘えられる時は 甘えた方が良いですよ。

【2007/03/10 23:44】 URL | free #-[ 編集]
りょうさん

昨日は 夜寝ぼけていたので すっ飛ばしてしまいました。

>ありささんのリンク大作戦、大事な住み分け

ありささんの表現「創価に物申す系のサイトにかぎる」に全面的に賛同します。また 新しいblogerも募集されていらっしゃいますね。

 閲覧者が 自分に合うサイトを 探して、悩んでいらっしゃる方の救済という 目的をもっていらっしゃると思います。

 リンク集があることにより 相談者 悩める方が 早期に相談できる場所にたどり着ける、緩やかな 住み分けに繋がればいいと 思います。

【2007/03/11 14:50】 URL | free #-[ 編集]
難しいですね…freeさん。私も抱えてるモノがありましたから、人によってそれは違いますね。
実は、叔母の一人が危篤で、ちょっとてんやわんやしています。ちなみにこの叔母は阿含宗です。(笑)

これまであまりネットには書きませんでしたけど…母の事は、掲示板にちょっとだけ書きましたよね。
我が家の事情は本当に複雑で、確かに宗教問題も絡んではいるけど、そこだけに原因を求める訳にもいかない事情でした。

ただ、色々と迷惑も被ったし、その中には創価学会を含む日蓮系の団体を信仰してた人も居たから、
「いっそ鎌倉時代に日蓮処刑しててくれたら、後世にそういう団体も生まれなかったのに…」
というのは、当時の私の偽らざる本音です。

『怒り』なんですが…それをリアルで受ける立場の身内となると、
「仕方ないよ、酷い目に遭ったから恨んだままで良いよ」と、それで済まない場合もあります。
家族として、同じ被害を受け、同じだけのものは失っている訳ですから。

長い間、現実に人間の裏側、汚さを嫌というほど見ましたよ。
何とか衣食住のある生活を取り戻すまでの辛さも、何度か味わってきました。
そういう自分たちから奪った財産で、平気で贅沢が出来た人間を、受け入れる事も許す事も出来ません。

だから朗らかだった私の母が、真逆の人間不信に陥るのも分かる。私も、何年かは同じ状態でした。
そういう原因を作った人間が関わってた宗教団体を、心底許せないのは分かる。私も許せませんでした。
けど、それで私にも、「他人は信用するな、宗教に入ってる人間とは付き合うな」と友人と絶縁させたり、
時には仕事まで辞める事になったりした爆発に付き合う事になれば、単純に仕方ない、後遺症だと割り切れるものでもありません。

私もね。母の怒りを五年目くらいまでは、心から受け止められた。
それから十年は、まだ我慢出来た。
十五年を過ぎると、さすがにしんどい。
二十年近くなってくると、「いい加減にしてくれ!」ってなります。
私の心が、狭いからかも知れないけれど。

だから、『怒り』や『恨み』を、それでも受け止めてあげて…と、もし、私自身の状況に対して言われたら、
「綺麗事を言いやがって。だったら俺の人生と、お前代われ!」と、腹が立つだろうと思います。
単純に比べてしまうと、三食ご飯が食べられて、屋根のある家に住めてるなら、
俺の時よりマシだというやつあたりにもなっちゃいますよ。(笑)
【2007/03/11 15:27】 URL | 春田の蛙 #pIcdM1bQ[ 編集]
ですがこれは私の事情であって、他の方とは違います。
一つだけ宗教的な事を言うなら、昔のお坊さんというのは、必ずしも自由意思で出家した訳ではない。
戦乱や世の中の流れで、逆らいようもなかった人が大半です。

そういう人のところに、殿様が人生の悩みを打ち明けにくる。
今で言えば、格差社会やリストラでホームレスになった人のところに、
時流に乗ったお金持ちが、それでも人生の虚しさを訴えにくるようなものですよ。

ですから他人同士の不幸を、比べて考えるとしたらおかしな事になりますよね。
大切な人を殺されて、尚許す方もいるでしょう。
たった一度、騙されて集会に連れていかれた事で、生涯宗教アレルギーになる方もいるでしょう。
けれども前者は何とか気持ちの整理を付けなければ、日常さえ取り戻せなかったのかも知れませんし、
後者は宗教アレルギーのままで居る事が、心の整理だったのかも知れない。それは比べる事ではありません。

ただ、感情は感情のまま受容すべきだと思います。
それをこねまわしたり、何かに利用してはいけない。
変な正論で正当化してしまうと、間違った危機感や使命感に繋がってしまい、感情の怒りから理性の怒りに変わってしまう。
理性の怒りは、感情の怒りより遥かに根深く長続きしますし、それが強くなれば、その人の日常や思考を様々に支配していくでしょう。

自分のケースと、他人のケースや悩みは区別して考える。
他人の悩みを大義名分にして、自分の恨みを晴らさない。
感情はまず直接の原因や加害者に、ぶつけられるならぶつけた方が良いですし、まして、ネットで済むなら尚更です。

本来シンプルな話が、いつの間にかすりかえられたりするのが、怖いところです。
それは、被害を受けた事に付け込まれて、その感情を別の宗教や何かのイデオロギーへの熱意に利用される事にも繋がります。
この界隈で言えば、原始仏教への過度の期待や可謬主義への万能感も、その一つです。おかしな同調圧力や囲い込みも、そのような間違いの現れではないでしょうか。

それらはせっかく見ている夢を、覚まさないでくれという、悲鳴にも感じる事があります。
役割の異なるサイトが、その自然な役割のまま住み分けつつ、模索し協力していけるなら、
そういう場合に立ち止まる冷静さも、より得られるのではないかと思います。
【2007/03/11 15:32】 URL | 春田の蛙 #pIcdM1bQ[ 編集]
春田の蛙さん
知らないこととはいえ、蛙さんの傷を押し広げてしまったこと お詫びします。また叔母様のこと お見舞い申し上げます。

本当に 私にとっては 難しいことだらけです。
>感情は感情のまま 受容すべき
>自分のケースと、他人のケースや悩みは区別して考える
>他人の悩みを大義名分にして、自分の恨みを晴らさない

自分には そんな面もあるだろう、と考えます。
大事なことを 気づかせていただいて ありがとうございます。
【2007/03/11 17:54】 URL | free #-[ 編集]
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創価学会体験記2


選挙前になると電話をかけてくる 不思議な人達。そんな創価学会を体験してみました。(中傷と信仰賛美は 削除対象になります)

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